⑦パパさん主催の今月の同じお題は「不合格」です。
「合格」ではなく、「不合格」です。
「合格」は脚光や賞賛を浴びますが、通常「不合格」は「合格」のように取り上げられることもありません。
しかし「不合格」の方がドラマがあります。
私の場合「不合格」が多すぎて、5部作にしました。
(まぁやりすぎという話もありますが、これらすべての「不合格」が今の私を作っているので、「不合格」に敬意を表して(感謝を込めて?)書いてみます)
これは第三作目です。
これは高校受験の「不合格」の続きです。
高校生活
実は親と同じ高校に行ってみたいという希望があった私は、付属高校に受かっても修道高校に入ろうかとも思っていました。まぁ落ちたのでその心配はなかったのですが・・・。
修道高校に受かった時点で満足してしまいました。
それほど勉強は好きではありませんでしたし、そこそこ勉強していれば何とかなるだろうと思っていました・・・。
がまさかの落ちこぼれ。
忘れもしない最低順位は1年生の実力試験で391人中386番がありました。下から5番でした・・・。ドベじゃなかったと驚いた記憶がありました。今となっては笑い話ですが・・・。
まぁ勉強しない理由は一生懸命頑張っても飛び級できるわけではないし・・・。という今考えればわけのわからない理由を言い訳にして勉強しませんでした。結局2浪するのですから、飛び級なんてあきれた話ですw
高校生活はブログには書けないようなこともいくつか・・・。書ける範囲だとよくゲームをしてました。
まぁ高校は自由な校風で、法律に違反しなければ何でもあり。制服もありませんし、校則は法律を守ること、なのではないかと思うほど自由でした。
大学受験の「不合格」現役編
高3の時にはそこそこ勉強して、史上初めてのセンター試験を受けた年代ですが、予想よりはとれていました。
が、悪運もそこまで。
二次試験で転んでしまい、広島大学、愛媛大学で「不合格」をいただきました。
この「不合格」の後にドラマがありました。
というのも広大、愛媛大学と一緒に受験した高校の同級生のS君。
受験が終わった直後合格発表前に、もう落ちたから浪人するといって、浪人は高校時代に塾として通っていた広島YMCAにするといっています。それなら俺もYMCAにしようと決めます。(確かS君申し込みもしたような気がします。)
が・・。合格発表で、まさかのS君愛媛大学「合格」です。私は「不合格」・・・。
S君が浪人しないとわかり他の友達がいく〇〇木ゼミナールにいこうとしましたが、当時予備校には特待生という制度があり広島YMCA予備校が待遇がよくて、費用負担の面から誰も友達のいない広島YMCAで浪人することになりました。
このS君が浪人するという話がなければ、広島YMCAが予備校だということすら知らなかったのですが・・・。
広島YMCAで今でもメールや電話でやり取りする友人が何人かできるのですから、人の縁って面白いですね。
不合格そこから開く新世界
不合格から新しい出会いがあり、そこから人生が開けていくようです。広島YMCAに行って色々な経験をさせてもらいました。浪人時代がなければ今の自分はなかったので、大切な「不合格」でした。
- 今月の同じお題「不合格」その1
- 今月の同じお題「不合格」その2(2020/2/21 9:00投稿)
- 今月の同じお題「不合格」その3(2020/2/22 9:00投稿)
- 今月の同じお題「不合格」その4(2020/2/23 9:00投稿)
- 今月の同じお題「不合格」その5(2020/2/24 9:00投稿)
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